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2019年8月20日 (火)

間宮林蔵記念館

いわきへの帰省の途中、間宮林蔵記念館を訪問しました。

間宮林蔵といえば、カラフトの西側の間宮海峡

6月に稚内を旅した時、

うっすらとカラフト(サハリン)見たのをきっかけに興味を持ちました。

 

時間帯の関係で逆光ですが、宗谷岬で撮影した間宮林蔵の像。

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何となく、海沿いの北の方出身なのかなー?と思っていたら、

現在の茨城県つくばみらい市の出身と知り、驚きました。

 

常磐自動車道の谷和原インター近くに記念館があり、

帰省の折に訪ねた次第です。

 

田んぼの広がる地帯に建つ間宮林蔵記念館。

敷地内に移築された生家も保存されています。

北見ナンバーの車が駐めてあったので

北海道からのお客さんが来ていたのかもしれません。

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間宮林蔵の像。

眉が太くて目のぱっちりした方だったようです。

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館内では、間宮林蔵についてのビデオを見た後、

2回にわたるカラフト探査の様子が描かれた絵や文章、

大きくて精密な地図などを見学できます。

 

ビデオによると、子供の頃から数理に長けており、

近くの川を堰き止めようとしている大人たちに的確なアドバイスをして

見事に達成したというエピソードが残っています。

これがきっかけで江戸で勉強する機会を得られたそうです。

 

21歳の時、箱館(函館)で伊能忠敬と出会い、師弟関係の約を結びます。

あの立派な地図は伊能忠敬の教えてあってのものだったのですね。

 

また、探査の際には、地元民に攻撃されそうになっても

コミュニケーション能力の高さで友好的に切り抜けたとのこと。

そして、2回目の探査で海峡を見つけたのです。

 

この海峡を間宮海峡として世界に紹介したのが

ドイツ人医師のシーボルトだったのです。

記念館にはシーボルトが発表した地図も展示されていました。

 

このような形で少しずつ興味の範囲が広がっていくのもいいものです。

次はシーボルト博物館あたり?

少しずつ知識を広げていけたらと思います。

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