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2007年2月21日 (水)

こころに響く記事に出合って。

数人でお昼を食べながら、

和やかな中にも、いろいろと興味深い話をする機会がありました。

 

他のランチでも出た話題なのですが、

「自分の立場を分かってもらえないもどかしさ

といったところでしょうか。

 

一日24時間、人はそうそういろいろな立場にはなれないし、

想像だけでは限界があるため、こうして生の話を聞けるのは

本当にありがたいです。

 

さて、今日の日本経済新聞の夕刊を広げると、

最終面に

”ボランティア 再出発の一歩”

という文字が書いてありました。

 

『こころの玉手箱』という連載で、

今週はヴァイオリニストの千住真理子さんです。

有名人の意外な一面を書いたコラムが、一週間掲載されます。

 

千住さんは、天才少女、著名人一家、有名大学に進学して・・・といった、

ちょっとうらやましいようなイメージがあったので

”再出発”という文字を意外に思い、じっくり読んでみました。

 

私なりにまとめた要旨は次の通りです。

-----------

天才少女として活動しているうちに、真の音楽的感動からかけ離れ、

とうとうヴァイオリンを弾くのを辞めてしまった。

しかし、たまたまホスピス病棟の(千住さんファンだった)患者さんから依頼があり、

練習もしていない、ひどい出来の演奏をしたのに感謝された。

その反省から、福祉施設のみでボランティア活動をしながら

ヴァイオリン演奏を復活させた。

-----------

 

こちらは2007年2月21日夕刊からの引用になりますが、

”ヴァイオリンを弾くだけの職人を真の人間に変え”

という部分に共感しました。

有名ヴァイオリニストと自分を比べないように!という批判はどうぞなさらないよう・・・。

 

私の活動に対して、”偽善ぽい”といったことを言ってくる人もいる中、

活動の本質を捉えたこの記事を読んでほっとしました。

 

ボランティアだけでなく、社員やハケン、

専業主婦、他にもあれこれ、

分かってもらえないことも山ほどあると思います。

でも、今日は新聞を読んで

きっとどこかに、分かってくれている人もいるのではないかな~、

と、勇気がわいてきました。(^-^)

 

本記事は、日本経済新聞 2007年2月20日夕刊、2月21日夕刊を参考に書きました。

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コメント

そうね。なかなか、わかってもらえないことって
たくさん、あるわね。
でも、一人でも、理解してくれる方がいれば
元気や勇気をもらえるし、明日への自信にも
つながるよね。
こころない発言には、うらやましいとおもう
気持ちが、見え隠れしているような気がするよ。
言葉は、めぐりめぐって、自分のところにかえるもの。
人も自分も、しあわせになれるようなことばを、
これからも、使っていきたいな(#^.^#)

投稿: うさちゃん | 2007年2月21日 (水) 22:12

>うさちゃん
うさちゃんらしい温かいコメントをどうもありがとう。
そうだね、自分もまったく気づかないところで
こころないことを言っているかもしれないので
たまには自分がどうなのか・・・を振り返りたいと思いました。^_^

投稿: ようこ | 2007年2月21日 (水) 23:14

夕刊、完全に見逃していた!
月曜日からの記事を読み直したところです。

これは読み応えありますね。
「演奏職人から真の人間へ」。
音楽を突き詰めた先に、まるで世界一周の如く
音楽の原点に「戻って」きたって感じですね。

こういう、突き詰めた先に原点にたどり着いた人にとって、
音楽はどのように見える(聴こえる?)のだろう?
それはそれで興味あります。

投稿: ヲバラ | 2007年2月21日 (水) 23:48

 「自分の立場を分かってもらえないもどかしさ」
よくある話です。
私のような年齢になると、
上司に「自分の立場を分かってもらえないもどかしさ」と
後輩から「自分の立場を分かってもらえないもどかしさ」の
2種類があります。
しかし、私はいかにしてこのもどかしさを乗り越えているかというと、
何事も、まず相手の立場になって物事を考えるように心がけます。
聞き上手になるというのは非常に大切で、
相手からの信頼の一歩を得る手段になると考えています。
常に、相手から得たい事を先に、相手にしてあげることが重要だと考えます。

少しまじめな話すぎたかなあー

投稿: 支配人 | 2007年2月22日 (木) 00:41

私も千住真理子さんが病院の演奏を機に
再出発した話を以前どこかで読みました。
千住真理子さんの演奏も聴いてみたいなと
思っていながら、まだ機会がありません。

私はようこさんのピアノ演奏の記事
自分はこういう狙いで選曲したけれど
お客さんの反応はどうだったという
レポを興味深く読ませていただてます。

投稿: Kisako | 2007年2月22日 (木) 01:17

>ヲバラさん
そうだそうだ、同じ新聞でしたね。
日経は時々面白い記事が載るので、目が離せません。(^^)
適切なリンクがなかったので、私も夕刊を並べて要旨をまとめました。

たしかに”世界一周”のようですね。
今日の夕刊が楽しみです。

>支配人さん
最後の一行が支配人さんらしいな、と思いました。^_^

そうですか、支配人さんは2つのもどかしさがあるのですね。
相手を理解する=聞き上手になる、というのは同感です。
私も心掛けていきたいです。

投稿: ようこ | 2007年2月22日 (木) 09:07

>Kisakoさん
千住真理子さんの再出発の話を聞いたことがあったのですね!

この記事を読んで、演奏は私も聴いたことがないのですが
そういった苦労をして、今どんな演奏をするのか
一度、コンサートに出かけたいと思いました。

ボランティアの日記の件、感想をありがとうございます。
反応を一旦整理しておくと、ふとしたときにその引き出しが開くので
アピールとかそんなのではなく、これからもまとめていきたいです。

投稿: ようこ | 2007年2月22日 (木) 09:14

私も先月、この話をテレビで見ました。
周囲の期待やイジメにあい、死をも考えた、ということで
かなり私はショックを受けました。

そして再出発。
千住さんは患者さんから逆にエネルギーをもらったんですね。

ようこさんの演奏で元気をもらう患者さんがたくさんいると思います。
理解されない人の言葉に負けず、がんばって下さい。

投稿: あきあき | 2007年2月22日 (木) 18:04

良い話をありがとうございます。
音楽て、なんだろう?上手く演奏することなのか、違います。
聴いている人に感動を与えること、心のメッセージだと思います。
音楽によって、人が幸福になれる。このきづきがなければ音楽でないと思います。
われわれも音楽で心を通じ合える、この事ができる音楽は素晴らしいですね!音楽の仲間としても大切にしたい話でした。ありがとうございました。

投稿: あつろう | 2007年2月22日 (木) 22:31

いいお話をありがとうございます(^_^)

立場の違う人どうしが気持ちよく理解しあうのは、本当に難しいことだと思います。

でも、違いは違い、それはそれとして受け止めて尊重し、そのうえで発展的な関係を築ければいいなあと思います。やっぱり難しいですが…(^^;;

そして、見てくれている人も必ずいるのですよね。

この記事を読み終えて、元気をいただいた気分です(^^)

投稿: Yasuyo | 2007年2月23日 (金) 00:01

>あきあきさん
温かい言葉をどうもありがとう。
千住さんの話をテレビでもやっていたんですね。
新聞にも同様のことが書いてありました。
2月22日付の夕刊には、復活の部分が出ていたのでよかったです。

>あつろうさん
お久しぶりです。
演奏は、音を間違えないこと”だけ”を目的としがちですが、
私は千住さんの言葉を借りると「愛と温もり」の人たちに
聴いてもらいながら、育ててもらっているんだと改めて思いました。
お互い、いろいろな場面で心のメッセージを伝えていけるといいですね。

投稿: ようこ | 2007年2月23日 (金) 12:19

>Yasuyoさん
Yasuyoさんらしい、真摯なまとめに感銘を受けました。
そう、”無理やり”ならともかく、
”気持ちよく”理解するのは難しいなぁと私も思います。

なんだか『まだ見ぬ君への愛の詩』の世界観にも似ていますが
分かってくれている人がいる、と思って元気にいきたいです。^_^

投稿: ようこ | 2007年2月23日 (金) 12:24

私も千住真理子さんの番組みました。自分と向き合う時間が多いと、人生経験の少ない頃は打破できなくて悩んで悩んで。そういう時期がありますよね。私も長いことピアノを弾いていて、練習を休む事に恐怖を感じていた時期がありましたが、シューラ・チェルカスキーというピアニストに出会って、音楽会での鮮烈な演奏にその不安が一気に消えたことを思い出しました。彼は、旅行が大好きで、その見たもの、聞いたものがそのまま音楽にあらわれているんですね。演奏会を聞いているというより、自分も彼が経験したどこか旅行に行った風景を見ているような不思議な感覚に包まれました。やっぱりいろいろな経験をすることで、音楽も、人生も豊かになっていくんですね。

投稿: es-sabroso | 2007年2月24日 (土) 12:00

>es-sabrosoさん
番組をご覧になったのですね!
子供の頃は練習を積んで、技術中心に身につける段階なのかもしれないですねぇ。
シューラ・チェルカスキーは知らなかったのですが、検索して行き着いたサイトに
とても熱のこもったレポートがあり、なるほど、とうなずきました。
(故人なので、もう聴くことができないのですね・・・。T_T)

職人芸みたいなものを失っても、自分が見たり聞いたりしたことが
豊かな音楽になっていったらいいですね。

投稿: ようこ | 2007年2月24日 (土) 14:17

素敵なお話ですね。
私自身、たまたま2年前から福祉の仕事に関わっているのですが
それまでどちらかというとそういう「ボランティア」を
意識して避けて来たところがあったのです。
自分は何様なんだ、とか、いろいろ考えてしまって。
弟が知的障害を持っていて、ということもあり、なんか気恥ずかしく
逆に構えていたのかも知れません。
でも、まあ、そういう「自分に対する胡散臭さ」を意識しながらも
やっぱり人の笑顔が見られるのは、単純に嬉しく、幸せな気持ちになるのです。
…なんか、私事ばかりになってしまい申し訳ありません。
ただ、ようこさんの日記やコメントを見て、なんか、とても嬉しくなったので。

音楽って、言葉じゃない分、ストレートに心に響いて、人にパワーを
与える力があると思います。私も、その力をわけてもらってる、一人です。

投稿: ぶち | 2007年2月25日 (日) 00:02

>ぶちさん
なるほど、ぶちさんの状況だと逆に構えてしまうかもしれませんね。
私がボランティアを始めたのは、先端の技術と向かい合っていた頃だったので
まったく別の形で人とふれあえるのがうれしかったです。
近すぎない世界だったからよかったのかもしれません。^_^
お互いがパワーを与えたり、与えられたりし続けられれば、と思います。

投稿: ようこ | 2007年2月25日 (日) 21:01

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